ノーマライゼーションという言葉をご存知でしょうか。簡単に言うと、障害の有無に関わらず平等に生活できる社会を作ろうという考え方です。障害者だけに限定されず、高齢者や社会的マイノリティなど対象は様々ですが、全員が生活や権利の保障されたノーマルな生活を作ろうという考え方をノーマライゼーションと言います。
ノーマライゼーションとは
ノーマライゼーションは、北欧諸国から始まった考え方です。今の日本の福祉において基本理念として定着しています。精神保健福祉士を目指す方にとっては馴染みのある言葉かもしれません。
しかし、一般的にはまだまだバリアフリーといった言葉の方が浸透しているのではないでしょうか。バリアフリーは「障害者にも対応可能である」ということを指し、もともとは建築用語でした。バリアフリーな施設や道具を使って、ノーマライゼーションを実現するのが理想です。例えばバリアフリーの代表として車いす利用者専用トイレがありますが、ノーマライゼーションとは全ての人にとって安全で平等という意味合いが強いので、すべてのトイレに車いすでも利用できる設備が備わっているようなイメージです。また施設の設備だけでなく文化や意識の面でも障害者と健常者の障壁をなくしていくことを指します。
似た用語としてもう一つ、ユニバーサルデザインがあります。これは言葉の通りデザインを指し、デザインのコンセプトを「すべての人が利用できるデザインにすること」を意味します。バリアフリーからもう一歩進んでノーマライゼーションの考え方に近いですが、思想などは含まれず建物や製品の設計に使われる言葉です。
ノーマライゼーションの概念は、スウェーデンのベンクト・ニィリエという人によって「社会の主流となっている規範や形態にできるだけ近い、日常生活の条件を知的障害者が得られるようにすること(1969年)」と文章で原理化されました。
ノーマライゼーションの8つの原理
先ほどご紹介したベンクト・ニィリエは、ノーマライゼーションについて8つの原理に整理しました。
【生活リズムやサイクルに関する原理】
- ①1日のノーマルなリズム
- ②1週間のノーマルなリズム
- ③1年間のノーマルなリズム
- ④ライフサイクルにおけるノーマルな体験
【経済、環境、自己決定など成文化した原理】
- ⑤ノーマルな要求と自己決定の尊重
- ⑥異性との生活
- ⑦一般市民と同じ経済水準
- ⑧ノーマルな環境水準
この8つの原理が満たされることで、ノーマライゼーションの実現した社会が訪れます。それぞれ解説していきます。
- ①1日のノーマルなリズム
どんな障害があっても、朝に起きて身支度をし、学校や会社に行き、家に帰ってから夕飯を食べてお風呂に入ってベッドで眠るといったような、ごく普通の生活リズムのことです。
これが例えば、一日中ベッドで横になっていてそこでご飯を食べたり、保護者の都合でお昼ごはんが夕方になってしまったりすることがなく、健常者と同じように生活リズムを保っていくことを指しています。
- ②1週間のノーマルなリズム
週単位でのリズムとは、一般的に平日は学校や仕事に励み、土日は休みを取ることなどです。賃金の発生する仕事という意味合いでなくても、家の手伝いをする日でもよいでしょう。休日には楽しく友人と遊びに行ったり、のんびり家で過ごしたりします。障害の有無に関わらずメリハリのあるリズムを作ることです。
- ③1年のノーマルなリズム
日本においては四季がありますから、四季に合わせた食事をしたりイベントに参加したり、仕事でも繁忙期があったりなどの変化があるでしょう。社会人にとっては学生ほど長い休みでなくとも、夏休み・冬休みといった季節の感覚は持っているものです。
- ④ライフスタイルにおけるノーマルな体験
健常者であればあたりまえに行われている、子供の頃に公園で遊んだり、思春期にはおしゃれや恋に興味を持ったり、大人になって責任を持ったりすることを、障害の有無に関わらず体験していくことです。年を取ればその分経験や知識が増え、思い出に浸ることもできる環境が、ライフスタイルのノーマルな体験です。
- ⑤ノーマルな要求と自己決定の尊重
普通に生きていれば持つ、自由や希望を持ちたいといった要求を、誰もが主張できることです。誰もが主張でき、周囲もそれを認めて尊重できる社会を指します。
一定の年齢からは住みたいところに住む自由を求めたり、働きたい仕事についたり、好きな時に好きなところへ遊びに行ける権利を持つことです。
- ⑥異性との生活
これは現代においては必ずしも異性愛者とは限らないので異性に限定されませんが、子供も大人も、異性との良い関係を築くことを指しています。異性と交際したり、恋をしたり、結婚や同居を意識できるような生活のことです。
- ⑦一般市民と同じ経済水準
全員にお金を配るべきだ、というような意味ではありません。誰もが、平均的な経済水準を保証され、公的財産援助を受ける権利を持ち、その責任を全うすることです。社会で設置されている児童手当や老齢年金を受け取ることや、最低賃金基準法がしっかり守られた環境で働くことなどを指します。そしてその上で、自由にお金を使える環境で欲しいものを買えることも含まれます。
- ⑧ノーマルな環境水準
住居をはじめとする生活環境を指します。ここまでの7原則が守られないような劣悪な環境は論外ですが、逆に大規模な施設で社会から隔離されて暮らすこともノーマルとは言えません。無人島のリゾートで暮らす姿をイメージしてみてください。普通の場所で普通の大きさの家に住み、地域の人と関わり合いながら暮らしていく環境を求めることです。
精神保健福祉士が気を付けたいこと
ノーマライゼーションは、身体障害者だけでなく精神障害者ももちろん目指していくべき理念です。精神保健福祉士が気を付けたいことは、身体障害に比べると精神障害は目に見えないため、上の8つの原則のどこかが成り立っていなくても気付けないことです。自ら望んでその環境や生活をしているのか、精神障害によってできなかったり不便を感じているのかがわかりにくいためです。
しかし、その悩みごとや困りごとを救いあげ、寄り添いながらサポートしていくのが精神保健福祉士の仕事です。家族や周囲の人間が、精神障害者にノーマルな状況を作れないとしたら、その課題を橋渡しして全員で解決していく必要があります。