精神保健福祉士の役割

2020/04/15

精神保健福祉士の役割

世界と日本の精神保健の歴史

  精神疾患についてはよく「現代病」などと言われます。患者は年々増加し、今や5人に1人が一生の間に何かしらの精神疾患にかかるとされています。 5人に1人と言えば、1家族につき誰か1人はかかると言ってもいい数ですね。   では、精神疾患は現代よりももっと昔にはなかった病気なのでしょうか?   そんなことはありません。大昔から精神病患者は存在しています。今回は、精神保健の歴史について振り返ってみたいと思います。     1、世界の精神保健のはじまり   フランスのフィリップ・ピネルという人が、「精神病患者を鎖から解き放った」初めての医者として知られています。   18世紀終わり・フランス革命の頃です。鎖に繋がれていた精神障害者は、病気として認識されておらず人権を無視されていました。迫害されたり処罰されることもあった時代です。ピネルは患者の人権を重視し、人道的精神医学の創設者となりました。   ピネルは、はじめは骨格研究と外科施術を専門としていましたが、親友が精神系疾患にかかったことをきっかけに心理学的精神病理学医へ転向したと言われています。   精神保健福祉士を目指す皆さんにも、目指すきっかけはありましたか?   ピネルのように身近な人が精神疾患にかかったことがきっかけ、という方も多いのではないでしょうか。また、自らが精神保健福祉士の患者となった経験から、憧れるようになったという人もいるでしょう。きっかけは人それぞれですが、精神医学の父と呼ばれるピネルが少し身近に感じるエピソードです。   その後、エミール・クレペリンというドイツの精神科医が、近代精神医学の基礎を作りあげます。クレペリンは精神病を、今で言う統合失調症と躁鬱病の2つに分類しました。これにより、少なくとも精神科医の間では、精神病患者をあざけるような語彙は払しょくされたと言われています。   ですが、一般市民にはまだ浸透していません。それだけではなく他の専門を持つ医者や看護師ですら、精神病患者への理解が足りていない歴史が続きます。   そんな中、クリフォード・ホイティンガム・ビーアズというアメリカ人が、自らの精神病院での過酷な体験を本にしました。病院の患者に対する暴行や強圧について描かれた「わが魂に会うまで」という本です。精神保健福祉士を志す方はぜひ一度読んで欲しい一冊です。   ビーアズは市民運動家として死ぬまで精神衛生運動を展開し、アメリカの精神衛生運動の先駆者となりました。これが今日の精神保健福祉の拡がりをつくったと言われています。   こうして精神病患者への理解は徐々に進んでいきました。     2、大戦後の世界の精神保健   第二次世界大戦の勃発によって、精神病患者は再び迫害される歴史へと逆戻りしてしまいます。特にナチスドイツの政権下では多くの痛ましい悲劇が起こり、精神障害者や知的障害者らの多くが抹殺されました。   そして大戦後、世界精神保健連盟が設立されます。   精神衛生の向上を広い視野で企てようと、関連する諸科学をはじめ、政治・行政・司法・宗教などの各種の団体や個人で組織された団体です。大戦後は世界中で、精神病患者に関する福祉施策が見直されたのですね。   この頃から、イギリス・イタリアでは「脱施設化」が唱えられていきます。公立の精神病院を廃止し、地域やケアセンターで受入れを行う方針です。開放的で無拘束であることを原則とするなど、先進的な取り組みが進められていきます。   日本で近年言われている「地域包括ケア」の概念に近いのではないでしょうか。早くから取り組んでいる各国から多くを学び、地域包括ケアの推進に活かしていきたいですね。     3、日本の精神保健の歴史   さて、世界の動きを大まかにとらえたら、次は日本の歴史についてみていきましょう。   日本における精神障害者に関しての初めての法律は精神病者監護法です。1900年にできました。   今でいう都道府県知事の許可を得て精神病者を自宅で監置できるという法律です。これは欠陥の多い法律で、医療が十分に受けられず家族の負担も大きいという状況が生み出されていました。既に理解が進みつつある諸外国に比べ環境が悪い実態でした。   この法律の批判を受け、精神病院法ができます。1919年のことです。   都道府県が精神病院を設置できるという法律で、私宅ではなく医療の整った施設で患者を診る事ができるようになりました。ですが、国の予算が十分ではなく、私宅監置も継続されていたため、病院の設立はあまり進みませんでした。   この状態から変化があるのは、二度の大戦が終わった後、1950年のことです。欧米などの諸外国よりも10年遅れていると言われています。諸外国から精神衛生の考えが輸入され、精神衛生法がつくられました。   この法律の成立によって、上で説明した精神病者監護法・精神病院法は廃止され、精神障害者の私宅監置が禁止されました。公立精神病院の設置義務・同意入院制度・精神衛生鑑定医制度ができるなど、精神衛生に関する制度が出来上がっていきます。   また、精神障害の発生予防や健康の保持向上についても目が向けられ、精神衛生相談所が置かれました。     4、精神保健に関する課題   このまま現代へと進みたいところですが、精神保健に関する問題はそう簡単ではありません。   新たな問題として、薬物療法が導入されることで症状の改善した精神障害者が増え、そのまま長期入院・社会的入院してしまうという課題が浮かび上がってきました。   また、精神医療の在り方も十分ではなく、ライシャワー事件や宇都宮病院事件などをきっかけに日本の精神医療のあり方や社会復帰施策が不十分なことも国際的に批判されました。これが精神衛生法を大きく見直すきっかけになります。   そして精神保健法という法律が成立します。1987年のことです。   この法律では、精神障害者の人権擁護だけでなく、精神障害者の社会復帰の促進がうたわれました。これも現代に繋がる大きな課題ですね。   この頃から、地域で精神病患者を支えていく地域包括ケアの考え方や、在宅福祉の充実についても考えられていきます。「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な方策が進められていきました。   そして2004年、改革のグランドデイン案が立てられました。改革の基本的視点として、「障害保健福祉の総合化」「自立支援型システムへの転換」「制度の持続可能性の確保」があげられました。この3つは今日まで続く課題として捉えられています。

2020/03/27

精神保健福祉士の役割

子どもと精神保健福祉士

精神保健福祉士の扱う精神疾患では、同じ病名だとしてもその原因や背景は人それぞれ違います。例えば過重労働やリストラによってうつ病になってしまった男性と、いじめにより不登校になりうつ病と診断された男児では、支援方法や解決策は全く違ったものになります。   今回は、子どもと精神保健福祉士の関わりについて見ていきましょう。 1、子どものメンタルヘルス課題 子どもに多い精神疾患と言うと、思春期のいじめによる不登校や引きこもりなどが浮かびます。その他にも、精神保健福祉士が対応すべき子どもの事例はたくさんあります。うつ病などと診断される前段階のメンタルヘルス課題について、成人するまでのライフサイクルを追っていきます。   ①胎生期 ・母体に加わる有害因子(アルコール・薬物) ・マタニティブルー ・産褥期   ②乳幼児期 ・親による虐待、ネグレクト ・育児不安   ③学童期 ・学校への不適応、行動異常 ・不登校 ・心身症 ・いじめ、非行 ・ADHD   ④思春期 ・不登校 ・家庭内暴力 ・校内暴力 ・ひきこもり ・自殺企図 ・神経性食欲不振 ・社会性逸脱行動   代表的にとらえられる学童期のいじめや思春期の不登校以外にも、メンタルヘルスの課題はたくさんあります。   対応機関は保健所・精神保健福祉センター・市町村保健センターがベースとしてあり、症状によっては医療機関に相談する必要があります。また児童の場合は児童相談所、学童期の場合は学校など、ライフサイクルの段階に合わせて機関も変わります。   精神保健福祉士は、医師・保健師・看護師・教師・スクールカウンセラー・臨床心理士・産業医など多岐に渡る他職種と共に対応していきます。 2、スクールソーシャルワーク 義務教育中の子どものメンタルヘルス課題については、スクールソーシャルワーカーが学校をベースに支援していく場合が多いです。   スクールソーシャルワーカーは、子どもの課題であるいじめや不登校、発達障害、非行やゲーム依存などに対応します。原則として精神保健福祉士・社会福祉士・臨床心理士のいずれかの資格を取得した上で、正職員として学校に勤務する場合にはスクールソーシャルワーカーとしての教育課程を修了し公務員採用試験に合格する必要があります。   スクールソーシャルワーカーは、自らの力で問題の解決を図れるように支援していきます。それは問題に対して直接的にアプローチするだけではありません。例えば不登校の児童に対し、原因がいじめと見られる場合でも、子どもの家庭環境や過去のメンタルヘルス問題との交互関係がないかを見ていく必要があります。家庭の貧困や虐待、親の精神疾患や認知症など、問題が根深いほど長期的な支援が必要です。 思春期のこころの発達 思春期のメンタルヘルス課題を考える上で、こころの発達がどういった要因で構成されているのかを知っておく必要があります。先ほど挙げたように、不登校の原因がいじめだけでなく現在の家庭の問題や過去の虐待などが複合的に絡み合っている場合があるからです。要因は大きく4つに分けられます。   ①社会 社会システム・価値観・流行など   ②帰属集団 地域特性・学校文化・仲間集団など   ③家庭環境 社会経済状態・親の養育機能・親の性格傾向など   ④発達 身体的特性・認知的特性・発達課題など   社会や学校、仲間、家族と密接に関わり合いながら一人の人間として自我を確立していきます。確立すると「自分は自分、他人は他人」という感覚が育ちます。その感覚ができる前に、仲間関係や親とトラブルになってしまうとこころの発達に重大な影響を及ぼします。   また、見落としがちなのは④の発達です。周りと違う身体的特性に悩んだり、性の問題を誰にも打ち明けられない子どもは多くいます。 精神疾患を持った親の子どもとの関わり 精神保健福祉士が関わる子どもは、子ども自身が患者の場合だけではありません。精神疾患を持った母親・父親の子どもと関わることも多くあります。むしろ、スクールソーシャルワーカーや児童養護施設などで働く場合を除けば、患者の子どもとして関わる方が主だという精神保健福祉士も多いのではないでしょうか。   精神保健福祉士は患者の家族もサポートしていく仕事です。それは子どもも含まれます。親がどんな病気なのか、安心して話せる場を提供することもそのひとつでしょう。   子どもは親から病気について説明されていなかったり、説明されていても不調や症状についてうまく理解ができない場合があります。また、理解ができず混乱するだけでなく自分自身に原因があるのではないかと自分を責めてしまう子どももいます。   子どもは親のことで困ったとき、周りに相談ができません。スクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラーは学校での問題に関して相談するところだと思い込んでいて、家庭について話しをしない子どもも多いのです。   そういった場合、精神保健福祉士の方から子どもの相談に乗ることが大切です。親が精神疾患について診察している間に相談室で世間話をするだけでも価値があります。何かわからないことがないか、困っていることはないか、見過ごさずに話しかけていく姿勢が精神保健福祉士には求められています。